親切な誰かの声の影響下にいないだろうか?

4月 18th, 2009



「幸せな奴ら」って誰? – どんなジレンマ

↑の続きといえば続き。



はてな界隈というかblog界隈で、どうも「幸福」のイメージとして「恋愛・モテ・非モテ・セックス・子供を授かること」などが頻繁に出てくるように思うのです。blog利用者を世代別に見たときに、最も切実に感じる世代が中心を締めているからかな? と考えたのですが、どうもそれだけではない気がするのです。



性に関する問題は、人間の根っこに関わる欲求だと思います。



だから、消費させる側にとっては、「買ってもらう動機」として重宝だろうと思います。広告などで幸せそうな雰囲気を見ることは嫌いではありませんが、自分自身の幸福観の中に「誰かが作った好ましそうな雰囲気」が混入しないかな、と疑問に思うのです。言い換えると、本当にのどが乾いているのか、それとも親切な誰かが「のど乾いていない?」ってアプローチしたからのどが乾いているのか、恋愛・モテ・非モテの問題と格闘している人が本当にモテたいのか、それとも「モテるべきじゃない?」って親切な誰かの声によって気持ちがかき立てられたのか、もう一度自分の心の中を疑ってみても損はない気がするのです。



すでに議論が尽くされていて、自明のことでしたら、屋上屋を重ねてお恥ずかしい。



[PR]それ、たぶん違う。~ややボケで、アンニュくて、シュールな言葉を模索する、blog (主成分はフィクション)

[PR]耳と余韻~あと何年聴けるだろ? 繰り返し聴きたい曲だけをとりあげるblogです。

[PR]センス・オブ・ワンダーはどこですか?ごっそり読み逃してきたSFを、あたふた探しては読む毎日のblogです。


カテゴリー: 過去記事(formはてな)

コメントをどうぞ

add to hatena hatena.comment (0) add to del.icio.us (0) add to livedoor.clip (0) add to Yahoo!Bookmark (0) Total: 0

この記事の TrackBack URL : http://hrkt0115311.org/2009/04/00549.html/trackback?_wpnonce=dc34654837

Feed

http://hrkt0115311.org / 親切な誰かの声の影響下にいないだろうか?