「ご冥福」のこと。死者を悼み、遺族にお悔やみを伝えること。
4月 13th, 2009
http://d.hatena.ne.jp/hrkt0115311/20090413/1239583329#c
テキスト本文とあわせて、上記コメント欄もご覧いただけたら幸いです。
以下、本文
言うのは、無念な死に対してその親族の心情を思うという含みがあるのだろうけど、その無念さへの関わり方が、時代とともに変わったのではないか。
死のもつ残酷さや無念といったものは、生きている人が担うべき部分がある。「ご冥福」として切り離せるものではなかったというか、昭和の時代には、そういう死への覚悟と共感があったと思う。
id:finalventさんは、どんなことを考察されたのだろう。
「イスラム教徒の友達が~」という件
「イスラム人達は、葬式の時に泣いたりすることをご法度としている。死ぬと言う事は天国に行くまでの準備期間のようなものであるから、泣いたり悲しんだりしてはいけないらしい。もし、号泣しようものなら抱えられて裏に連れて行かれてしまうそうだ。
異教徒の友人・同僚として関わることになります。「ご冥福」ではなく、亡くなられたことを「悼む」と伝えたいわけですが、信仰によって死に関する考え方が違えば、お悔やみを伝えていいのか困ってしまいます。
RIP
欧米圏の場合は、「安らかに眠れ」と墓石に彫るくらいですから、お悔やみを伝えても失礼にはあたらないような気もするのですが、間違っていたらすみません。*1
欧米の墓に刻まれる文字。ラテン語 Requiescat in Pace(英語バクロニム Rest in Peace)の頭文字で、「安らかに眠れ」という意味。
死への覚悟と共感
id:finalventさんが言う「死への覚悟と共感」という点については、結核の恐怖とか、戦争にまつわる苦労、飢えなど、昭和を生きた人たちが骨身にしみて知っていることが関係あるのかもしれないですね。
平成の今、いきなり召集令状が届くことはないですけれども、代わりに若い世代を中心とした貧困の問題と直面しています。自死する方もいます。櫛の歯がかけるように人が倒れ傷つき死においやられる世の中ですので、死の予感みたいなものはあるかもしれません。ただ、昔の村社会のような人のつながりが薄れていますので、死に対する共感はもしかしたら弱まったかもしれないです。共感する気持ちがないわけではないのだけど、核家族化が進み、大家族で暮らした人と比べると身近な人を失う経験が減って、死は唐突に訪れるものに変わったのかもしれないです。
「ご冥福をお祈りします」とぺたんと言葉を貼り付けて、亡くなった人との関係を箱にしまって片付けてしまうようなニュアンスでこの言葉が使われたら、少し残酷かもしれないですね。亡くなった人との関係にもよるけど、忘れようにも忘れられないその人の記憶は、ときに懐かしく温かなものでもあるけど、ときには重荷で、死体を背負わせられたような気持ちになるかもしれないです。それでも、死者の存在は生きてる側が引き受けるしかないですから、背負えても背負えなくても背負うしかないよなぁと考えています。
「冥福」は方便で、言葉のコンテナに中身を詰めて伝えたい
私は、人間が死んだら、煙と灰と骨になって終わりで、魂は存在しないのではないか、天国も地獄も存在しないのではないかと、迷っています。天国があるかないか分からないけど、魂があるかないかは分からないけど、死者に対して「地獄で飢えてろ」とか言うわけにいきませんから、天国も地獄もないかもしれないけど「冥福を祈る」と言いたい気持ちはあります。
ご逝去の報に接し、心からお悔やみ申しあげます。
ご逝去の報に接し、心から哀悼の意を捧げます
ご生前のご厚情に深く感謝するとともに、故人のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表します。
○○○様のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申しあげます。
○○○様のご逝去を悼み、ご冥福をお祈りいたします。
検索してみたら、電報のひな形が出てきました。冥福の他に、「悼む」「お悔やみ申しあげます」「「哀悼の意を」といった表現もありますね。つい、「冥福」が先に出てきてしまうのですが、伝えたいことは、死者に対して敬意を払っていること、死者がこの世を去り寂しいこと、残された遺族に対して渦中で大変だと思うけれど潰れないで乗り切って欲しいこと、そんなことを伝えたいのだと思います。
冥福という言葉を、慣習だから、見よう見まねで使っているのかもしれないです。ただ、セリフを棒読みして、用事を終わらせるような形でこの言葉を使いたくはないです。「ご冥福」って言葉のコンテナの中に、自分は何を入れたいのか、なぜ死者を悼み遺族にお悔やみを伝えるのか意識した上で、この言葉を使おうと思います。
見送る側の立場で考えてきましたが、逆の立場、見送られる立場についても考えてみます。自分の葬式に関しては、死んじゃってるので知覚できないと思うのでとくに希望はないです。ただ、できれば、別れを惜しんでもらえるような人間として人生を全うしたいものです。
*1:2009/04/13 14:16 訂正線入れました
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