道具を疑い、自分を疑うことについて。(はてなブックマークに関する議論の続き・善悪・大人と子供・道具)

1月 31st, 2008



id:showgotchさん、こんばんは。知識のシェアをありがとうございます。



アフォーダンスについて

アフォーダンスとは – はてなキーワード

ユーザビリティや、椅子の例などは、分かりやすいですね。割れ窓理論もここに含まれるのですか。参考になりました。説明して下さってありがとうございます。



社会的善悪と個人の善悪の判断は違う

仰る通りですね。

開発者やプログラマはネガティブにならない設計を考えなければならないし、人間は対象と目的と表現方法を考えなければならない。そのバランスで多様性が成り立つ。

http://gijutu.blog.drecom.jp/archive/136 左記より引用

お互いが“教えあい・学びあう”「互学互習モデル」を提案し、知見を次々に生み出す「場と機会」の提供を主軸とした実践カリキュラムを実行したのです。

http://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/research/pioneers/016/index.html 左記より引用

この事例では、ネガコメの多寡自体を争点にしてもあまり意味は無く、訓練が十分でないユーザーが認知トラブルを起こすとき、ユーザーの訓練を求めるか、サービス側の改変を求めるか、ブックマークを行うユーザーの自重を求めるか、価値判断の問題でしょう。

http://d.hatena.ne.jp/REV/20080130/p1 左記より引用

id:REV氏の記事から引用させていただくと「訓練が十分でないユーザーが認知トラブルを起こす」場合について、確信犯であった場合、そもそも「“教えあい・学びあう”」関係を築くのは困難でしょうし、どうバランスをとるのでしょうか。この困難さも、多様性に含めますか?



道具について

私は、何かトラブルを起こした後で、「本意ではなかった。道具をたまたま持っていたために、取り返しのつかないことをした」といった形で悔やむケースを、「道具に使われる」状態の一つだと考えています。

素朴な疑問なのですが、石器と、台所にある包丁や、文房具のハサミはどう違いますか。馬は生き物なので道具呼ばわりしたくはないのですが、バイクや車の代わりに馬や馬車を使った時代もあるわけですよね。筒井康隆作品か小松左京作品か忘れましたが、原始時代の殺人事件を扱った話があったと思います。石器であろうと包丁であろうと、「道具に使われてしまうリスク」は昔からあったのではないでしょうか? そこに道具がなければ魔がささなかったけれど、カッとした時に近くに埴輪があったので殴ってしまいました、みたいな感じで。

影響力という意味では、石を投げる代わりに原爆を持ったわけですから、たしかに私達が獲得した道具は進歩しています。しかし、例に挙げて下さった部分を拝見しても、道具が人間を超えるという点が分かりません。



仕事を「創造」と「作業」に分ければ分かるのですが、「作業」が取って代わられ、「創造」は人間が担当するといったつきあい方、「共存型」になりました。

http://gijutu.blog.drecom.jp/archive/136 左記より引用

どの分野での仕事を想定されていますか? 例えば、学校の先生の場合、「創造」は子どもたちに対する教育だと私は思います。しかし、様々な雑務が増え、現場の教師の方々が体や心を壊すケースが増えたと、新聞報道などで目にします。

id:showgotchさんは、上記ケースの場合、人と道具がどのように共存していると分類されますか?

私は「創造」と「作業」に仕事を分類することには同意しますが、人は「作業」から解放されていないと考えています。この点で、立場が異なりますね。



さて、はてなブックマークの話に戻しますね。

再び、id:REV氏の記事から引用すると、私の中での優先順位は以下の通りです。

  1. ブックマークを行うユーザーの自重を求める
  2. ユーザーの訓練を求める
  3. サービス側の改変を求める


私も学習や「“教えあい・学びあう”」関係や場について賛成したいです。しかし、ネガティブなブックマークの使い方をする方が、「自分はこうしたい」と断言し、はてな利用規約に違反しない場合、誰がどういった方法でその方に訓練を促すのでしょうか。はてなブックマークに関しては、長い目で見れば、 id:jkondo さんの哲学に基づいて発展するだろうと考えていますので、あまり心配はしていません。*1ただ、アイデアの提案は http://i.hatena.ne.jp/ 経由なので、他のサービスとの優先順位などもあるでしょうから、短期的にはあまり変化しないだろうと考えています。そのため、私は「自重」を最優先だと考えました。また、プライベートモード化は、私なりの自重策でもあります。(これは、公開している方へ、暗にプライベートモード化をほのめかしているわけではありません)

自らの性格と、はてなブックマークの性質を私なりに理解し、出した結論です。



大人は大人、子供は子供

>大人も子どもも地続きで本質的には同じものだと思っています。

例外もあるかもしれませんけれども、原則として子供には保護者がいます。子供が判断に迷う時に手を貸したり、子供が責任をとりきれない時に責任をとったりする存在ですよね。大人も子供も同じ人間である点は同意します。地続きの存在である点も同意します。しかし、私は大人と子供は分けて考えたい立場にいます。この点で、id:showgotchさんの立場と異なるように思います。



教育がご専門とのことですのでお尋ねしたいのですが、本質的に同じ場合、子供が大人へ育ち自我を確立する点については、id:showgotchさんはどうお考えになられていますか。「むしろ凝り固まった思考や忙しさによって世間に対する適応力(適応する時間)が少ない分大人の方がタチが悪いのかもしれません。」とお書きになられている通り、大人になるとよくもわるくも人生観や生き方をその人なりに確立します。確立できなくても、世間的にはできていることにして生きると思います。柔軟な人生観を獲得した方は学び続けることができるでしょうし、我が道を行く方もいるし、様々ですね。脱線すると、私達もいつか年老いて時代に対応できなくなる日が来るはずです。これは人間が発達する過程や、自我に関して、世代毎に変化することを示唆していると、私は考えています。一方で、子供は自我を確立するために試行錯誤している存在だと私は考えています。

  • 子供→自我を確立中
  • 大人→確立した自我で時代に対応中
  • 高齢者→時代に適応できなくなる。確立した自我はもちろん健在だが、獲得した能力は一つ一つ手放していく段階

ざっくり書くと、私は上記のように考えています。行動と責任や、間違えることは誰にでもあるという点に関しては、異論ありませんので、ここには書きませんね。



「大人と子供は本質的に同じ」というご説明に関してですが、私には「本質的」という言葉がブラックボックスに見えます。id:showgotchさんは、この本質にどんな言葉をあてはめますか? エントリ+トラックバックでも、このblogのコメント欄でも構いませんので、もしよろしければ、お聞かせ下さると嬉しいです。



結論

アフォーダンスにしても、道具が人間に与える影響力にしても、そういった傾向があると知識を得て自覚し自重することは意味があると思います。この点であれば、同意できるのです。また、学ぶ必要がない存在を完璧な存在と言い換えれば、そんな人は存在しないですよね。ですからid:showgotchさんのエントリタイトルには同意できるのです。

しかし、私は上記理由で大人と子供は分けて考えます。また、社会的善悪と個人が信じる善悪は違うことを意識すると、価値観が異なる人の話にも耳を傾けるチャンスが得られますし、独善的にならずに済むので、とても大事なことですね。

なお、道具に振り回されてしまうことは、以前からあったことだと思います。しかし、振り回された結果、生じる事態は大きくなったと思います。ただ、人間を道具が超えたという点は納得できませんでした。

主従関係なのか共存なのかは分かりませんが、人間が使う物を道具と呼ぶわけですから、仮に道具が人間を超えてしまったのであれば、道具と人間の位置づけを再確認する必要があるのではないでしょうか。



さて、はてなブックマークの話に戻しますと、もしかすると、現在の仕様はネガティブなコメントを引き出しやすいかもしれないです。そのことを自覚して、覚悟をしてネガティブコメントをつけるのも使い方の一つでしょうし、現状を理解して使い方を改めるのも選択肢の一つだと思います。いずれにせよ、何かトラブルが起きた際に、「はてなブックマークの仕様に影響を受けました」と弁明するのは、私の人生観では嫌なので、なるべく道具に使われずに済むようにしたい、と願っています。



道具を疑え、自分を疑え、ということなのかもしれないですね。ところで、道具という意味では、このはてなダイアリーも道具ですが、はたして私は書いているのでしょうか。書かされているのでしょうか? 書いていると自負したいですが、念のため自分と道具を疑ってみようかと思います。読んで下さりありがとうございました。



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*1:Feb, 08/02/01(金) 2008 12:21:58 JST-9 ブクマのご指摘をうけて訂正。id:naoya さんが担当されている点、追記します。b:id:yumizouさん、ご指摘ありがとうございました。 http://d.hatena.ne.jp/naoya/20070615/1181890785


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